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ほうじょうさんぽ後編~まちなみと歴史を感じて~

こんにちは。総合学域群第二類2年の金森朋之です。今回は前回のほうじょうさんぽ前編の続きとして北条の北側をぶらぶらと歩きながら北条のまちの歴史について詳しく見ていきたいと思います。



まず前半最後に訪れた裏堀用水路を後にして熊野神社に向かいました。神社まで向かう道を歩いていると水路やリンリンロードを歩いていた時と異なり非常に坂が多くなっていき、北条の北側にある城山を上っていきました。そこから北条の商店街を通り過ぎてすぐに熊野神社の鳥居が見えてきました。この鳥居をくぐりさらに奥に進んでいくと長い階段があり上っていくと北条の町並みが一望でき自然に囲まれた景観を感じることができます。



階段を登りきると大きくはないもの非常に趣のある神秘的な空間と本殿が現れます。ここでお参りをし、階段を下っていくと熊野神社について紹介している看板を目にしました。それによるとこの神社は1384年に建てられたと考えられている非常に歴史のある神社で北条のまちができる江戸時代よりもはるか昔からあることがわかります。また、先ほど見てきた鳥居も1636年と非常に歴史のあるものであり北条の持つ歴史というものが非常に長いものであることがうかがえます。



次に熊野神社からすぐ近くにある日向廃寺跡に向かいました。ここは平安時代から鎌倉時代に存在した寺院が発掘された場所であり、発掘された寺院の跡が実際に見ることができる場所となっています。ここにはかつて比較的大きな寺院が存在したようであり北条の町のもととなった多気氏の多気城の寺として栄えていただろうと考えらえているそうです。このように熊野神社や日向廃寺跡などがあるようにかなり古くから北条の地が栄えてきたことがわかってきました。



そのあとに北条の加島神社にお参りをした後北条のメインストリートである北条商店街の通りを歩いてみていきました。北条商店街は昭和の雰囲気を感じる店からさらに昔の歴史を感じられる建物、そして最近リフォームや建築があるように感じる最新の店まで様々なものが合わさった独特な雰囲気を感じる場所でした。また、商店街を東に進んでいくとつくば道と呼ばれる北条から筑波山まで続いてる道があり江戸時代ごろは参道としてにぎわったことを知り、筑波山神社の門前町としての北条の町について触れることもできました。さらに、北条では22日から祇園祭りというお祭りを4年ぶりに実施できるようでありその準備をしているという活気を商店街の形式から少しづつではありますが感じることができました。



北条の町中を歩きいろいろなものを見ていた中で最後に改めて北条の地図を見ていき、北条の歴史やまちの成り立ちについて考えていきたいと思います。北条は元をたどれば鎌倉時代あたりからあったとされる多気城の城下町が源流であり、そこから江戸時代に筑波山神社の門前町となったことで発展してきた街であり地図からもそのことが見て取ることができます。城山に多気城があった名残として前回みてきた外堀であったとされる水路がありかつて城であった時の規模の大きさを感じることができます。また、今回見てきた熊野神社や寺院跡などは城山に沿うような形山のふもとに線上に位置しておりかつて城が山の上にあったことが見えてくると思います。門前町として発展してきた江戸時代では北条商店街が発展していった時代であり、実際に商店街内につくば道の起点や江戸時代から残る建物が保存されていたりしていることからもわかります。さらに明治以降の近代では北条商店街や裏堀のさらに南側にリンリンロードのもととなった筑波鉄道線や国道125号が通っておりその周辺に郵便局や銀行、学校などが立っていることから近代化していった北条の町を感じ取れます。さらに現代ではつくば交流センターや筑波中央病院などが国道のさらに奥に位置していることがわかります。このように北条の町は城山のふもとを起点として南側に時代が移っていった町であることを感じることができ町の時代の移り変わりを南北に町を横断することで感じ取ることができました。このような構造をしており町の移り変わりがとても面白く、散策していて気持ちの良い町であったと思います。また訪れて新たな街の一面を探していきたいと思いました。皆さんもぜひ北条の町を訪れ歩いてみてください。





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